打ち捨てられた化学工場から突き出た無数の精留塔や煙突は太古に廃れた宗教の建築物によくある尖塔のようだった。廃棄されて久しく不法投棄された粗大ゴミに埋もれ、そのシルエットは土中に没する遺跡さながらだった。 雨に濡れて頬に張り付いた髪は気持ち悪かったがそれを気に留める余裕もなかった。サミは自分がもたれ掛かっている箱の側面に扉が付いていることに気づいた。この中に入れば、少しはこの冷たい雨をしのげるかもしれない。扉は二つあり、上の扉は小さく、下の扉は大きかった。下の方ならなんとかは入れそうな大きさだったので、下の扉を開けた。この箱が冷蔵庫という物だと知るのはもう少し後のことだった。 扉を開け、中を覗くとそこには失望と希望が入っていた。サミの虚ろな瞳に一瞬だけ生命の光が宿った。中は透明な板で数段に区切られており、とてもじゃないが中には入れそうになかった。一番底の部分には正体不明の黒い液体が広がっていた。視線を上げると、この箱がかつて食糧を保存するための物だったことが知れた。上の段には蜜柑が数個転がっていた。サミは何故かこれが蜜柑という物であると知っていた。緑、白、橙、茶、黒と雑多な色彩に包まれていた。それは蜜柑であると主張することも サミは一片の躊躇いも見せず蜜柑を手に取った。今にも破れてしまいそうな柔らかい包皮はサミの手の形に合わせて少し凹んだ。蜜柑の底部に何の抵抗も見せずに易々と親指を押し込むと、開いた穴からボタボタと茶色い汚らしい液体が滴り落ちてきた。液体はサミの袖を濡らしたが、既にどこに付いたのか分からないくらいにサミの服は黒ずみ汚れていた。毒々しい色をした皮を剥ぐと内部の薄皮まで一緒に剥がれてしまう部分もあった。皮を取り去ると、出てきたのは一転して色彩を失った全面茶色い塊だった。表面には濁った茶色い汁を纏っており、てらてらと光っていた。サミはその塊を半分に割ろうと思った。もしかすると中心部までは腐敗が進んでいないかもしれない。あらぬ希望を胸に蜜柑を半分に割る。少しだけ手に力を込めるとそれは耐えきれず、汁を吹き出し、サミの顔を汚した。口元に付いた物を舌で舐め、すぐに吐き出した。僅かな甘酸っぱさに混じって本能的に感じる危険な味が潜在していた。改めて左右の手を両側へ引っ張ると不気味な程簡単に音も立てず、乱雑に二つに割れた。やはり中心部分まで同じ色をしていた。 サミは失望を表情に表さない。何故なら、記憶にある限り失望し続けているから。 降りしきる雨が冷たかった。サミは空腹で動けず、再び箱に背を預けて座り、蜜柑の汁に汚れた顔を雨で拭った。 |